2018年12月17日

大人になる事は我慢をするという事ですか?


違います。社会で生きていくために、我慢し、協調するのは、たくさんある自立の方法の一つでしかなく、協調を、自分の生きる術とする場合には、我慢ができねば、達成できなくなるため、多くの人がそう思っているだけです。(松尾 好純 Yoshizumi Matsuoさん)

https://jp.quora.com/profile/Yoshizumi-Matsuo-%E6%9D%BE%E5%B0%BE-%E5%A5%BD%E7%B4%94


我慢しなきゃいけないところで我慢し、我慢しなくていいところで爆発する人こそ、素晴らしい大人だと思っています。(Jessie Maさん)

https://jp.quora.com/profile/Jessie-Ma-9

大人は「なる」ものでなくて「演じるもの」だと思います。

(中略)

「大人」なんて言葉は、人を都合よく動かしたいときだけ使う道具にすぎないんだと思います。

(中略)

よくわからないもの、理解を超えたものは、何かの「型」にはめないと、人は安心できない、不安になります。
だから表面的でいいから、大人を演じることは、まわりの人のためでもあると思います。(円山 蒼月さん)

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大人になるという事は、自分の行動や発言に責任を持つという事です。
子供には、精神的にも体力的にも、大きな責任を取ることができません。大きな責任をとれるという事は、それだけ人より大人である証です。(井上 清隆さん)

https://jp.quora.com/profile/%E4%BA%95%E4%B8%8A-%E6%B8%85%E9%9A%86


そうとも言えますが、少し違う部分もあると思います。

(中略)

動物や生物と人間との特徴的な違いのひとつは、人間は時間を感じることができることです。時間の概念を持っていることです。人間には時間の流れがあるから、記憶があり、後悔があり、未来の後悔を予め準備した「我慢」があります。時間の流れがあるから、美しい記憶があり、未来の歓喜を予め準備した「夢」があります。
人々がそれぞれ、美しく、またお互いに思い遣りを持った我慢を持ち合い、尊重し合うことで、我慢をあまり感じないようにもなるのかも知れません。(菅原 大司さん)

https://jp.quora.com/profile/%E8%8F%85%E5%8E%9F-%E5%A4%A7%E5%8F%B8

我慢をするというのは、ひとつのプロセス

あなたは、最近いつ我慢しましたか?

わたしは我慢が苦手なため、極力我慢をしないような生き方を心がけていました。

そんな生き方というのは、良く言えば自由奔放、悪く言えばわがままなのかもしれません。

世間一般が思っているような辛いことに対しては、「そんなことで悩まなくても……」と感じることもあります。たとえば、通勤が長いと感じたら会社から徒歩5分のところに引っ越すなどでしょうか。

逆に、世間一般が当たり前に感じていることに対して、「なんでそれが普通にできるの!?」と感じます。とくに親戚付き合いが今でも我慢できず、疎遠気味になっています。

ただ年齢を重ねるごとに、極力我慢をしないような生き方というのも、少し見直さなきゃなと感じました。そういう自分を客観的に見直したときに、ちょっと恥ずかしいかなという感情が芽生え始めたからです。

大人は「なる」ものでなくて「演じるもの」だと思います。(円山 蒼月さん)

ちょっと恥ずかしいかなという感情が芽生え始めてからは、この言葉が一番しっくりきています。

自分の思い描く”大人(おとな)”を、長い時間をかけて表現してみるのも悪くはないかな、と。

その過程のどこかで、「我慢をする」という選択肢が生まれるのかもしれません。

大人になる事は我慢をするという事ですか?

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